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2016年11月

みずほ銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 2016年11月号に
青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。

源泉所得税と租税条約の適用

青山綜合会計事務所シンガポール
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 11月号 日本からシンガポールに赴任された方から、給与の源泉所得税について質問を受けることがたびたびあります。日本では、額面の給与から社会保険料、所得税及び住民税等が控除されます。しかし、シンガポールでEmployment passを取得されている方について、シンガポールでは額面給与から控除されるものはありません。給与の他に大きな差異としては、配当の支払についても源泉所得税の対象となりません。このように、日本とシンガポールでは源泉徴収の対象となる所得の範囲や税率等において差異がみられます。本稿では、シンガポールの源泉所得税の内容を確認し、日星租税条約の適用を受けるまでの実務的な対応方法を解説します。

源泉所得税の納税義務者

非居住者に対して、使用料や利子等の支払を行う者は一定の税率で源泉徴収を行い、源泉徴収した税額をIRASに納付することとされています。つまり、源泉徴収義務者は支払者であり、源泉税の実質負担者は非居住者である受取側となります。源泉徴収の対象となるのは、非居住者に対して支払うシンガポール国内源泉所得のみとされていますので、シンガポール島内の居住者に支払われる場合には源泉徴収の対象となり得ません。シンガポール居住者であることが明確でない場合には源泉所得税を控除することと規定されており、相手先がシンガポール居住者であると明確に確認できる場合以外は、支払者が源泉徴収を行う義務があります。

シンガポール源泉所得及び税率

シンガポール国内源泉所得のうち、その種類によって税率が異なっており、代表的なものは下記の通りです。
  • 利子、仲介料、手数料、借入等に関連するその他の支払―15%
  • ソフトウエア等の使用のための使用料又は一時払金―10%
  • 科学的、技術的、工業的、商業的知識や情報を使用するための権利又は使用のための支払―10%
  • 動産の使用のための賃借料又はその他の支払―15%
  • 技術支援料、サービス料又はマネジメント料―17%
  • 非居住取締役報酬のうち、その資格に基づく支払―22%

上記の所得の場合であっても、源泉徴収の対象とならないものもあります。例えば、技術支援料、サービス料又はマネジメント料であっても、その役務提供が国外において行われていれば、源泉徴収の対象外となります。その他にも、借入等に関連する支払のうち、保証料は源泉徴収の対象外とされています。専門的な判断が必要になる可能性がありますので、注意が必要です。

申告期限及び納付方法

源泉所得税の申告期限は非居住者への支払日の属する月の翌々月15日となっています。ここでいう支払日とは次のうちのいずれか早い日となります。
  1. 実際の支払日
  2. 非居住者の指定する口座に入金された日
  3. 契約等に基づく支払期日
したがって、実際の支払を行っていない場合であってもIRASへの申告が必要になるケースがあります。申告が完了しますと、納税手続きとなります。納付手続きはIRASから自動的に引き落とされるGIRO、チェックによる支払、電信為替送金等があります。

外国支店の取り扱い

かつては、外国法人のシンガポール支店は非居住法人とみなされることから、シンガポール法人から非居住法人のシンガポール支店に対する利息、ロイヤルティー、取締役報酬、技術支援料、マネジメント料などの支払いについて源泉所得税が課税されていました。しかし、その源泉所得税は、2014年2月21日以降、徴収は不要とされました。この適用を受けることができるのは、ACRAへ登記されている支店のみが対象となり、建設工事やその他一定のプロジェクトで、ACRAへ支店登記されていない税務上の恒久的施設(Permanent Establishment)に対する支払いについては適用がありません。

日星租税条約による税率の修正

国際税務の基本的な考え方として、国内法と租税条約を照らし合わせて、租税条約が有利となる場合には原則として、租税条約を優先適用できることになります。つまり、シンガポールの国内法で規定されている税率よりも、租税条約上の税率が低ければ、その税率が適用されることになります。シンガポール国内の税率よりも日星租税条約の税率の方が軽減されているものは利子、使用料があります。その税率は10%(シンガポールにおいて生じる利子で日本の政府等に支払われるものは0%)に軽減されています。

なお、日星租税条約上、使用料の範囲は“文学上、美術上若しくは学術上の著作物(ソフトウエア等を含む。)の著作権、特許権、商標権、意匠、模型、図面、秘密方式若しくは秘密工程の使用若しくは使用の権利の対価として、産業上、商業上若しくは学術上の設備の使用若しくは使用の権利の対価として、又は産業上、商業上若しくは学術上の経験に関する情報の対価として受領するすべての種類の支払金及び船舶又は航空機の裸用船契約に基づいて受領する料金”と規定されていることから、ソフトウエアの使用料のみでなく、動産等の賃借料も軽減税率の10%が適用されることになります。

租税条約の適用のための居住者証明の提出

租税条約の適用を受けるためには居住者証明の提出が必要となります。居住者であることを証明するフォーマットが、IRASのホームページでダウンロードできますので、必要事項を記入して、日本の税務当局の押印等を得て、その原本をIRASに、年に一度提出します。この手続きをしなくては、軽減税率を適用できません。この居住者証明の提出期限は、原則として支払等があった年の翌年3月31日までとされています。例外として、利子等の計算期間が暦年をまたぐ場合には、支払日等の属する月の末日から3か月以内に提出する必要があります。

おわりに

非居住者に支払われる国内源泉所得のうち、その内容によっては、IRASに納付すべき源泉所得税が発生する可能性があります。特に、新規の取引を始める際や商流を変える際等にクロスボーダー取引が存在する場合には要注意です。その取引が 源泉徴収の対象か否かを検討し、シンガポール国内法のみでなく、租税条約の適用の可否を確認し、有利な税制を適用できるよう検討することが望まれます。



長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012年より青山綜合会計事務所シンガポールの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。

成田 武司

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国税理士

明治大学経営学部卒。2005年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013年より青 山綜合会計事務所シンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。


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