パナマ・ペーパーと日・星の課税制度及び口座情報交換制度
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みずほ銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 2016年5月号に青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。
~パナマ・ペーパーと日・星の課税制度及び口座情報交換制度~
青山綜合会計事務所シンガポール
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士
はじめに
2015年8月、ドイツの地方紙『南ドイツ新聞』が匿名者から2.6テラバイトのモサック・フォンセカ法律事務所関連文書を入手したことを皮切りにいわゆる「パナマ・ペーパー」が現在各国で取り上げられています。ワシントンD.C.にあるICIJにもパナマペーパーは送られており、80カ国の約400名のジャーナリストが分析に加わった後、2016年4月3日に分析の結果が発表され、数多くの企業がパナマ法人を利用していることが明らかになっています。パナマの税制は源泉地国課税であるため、収入を生む活動がパナマ国内で行われた場合にのみ課税の対象となります。また収入を生む活動がパナマ国内外双方にて行われる場合には、国内の所得のみが課税され、国外で得た収入は課税の対象とはなりません。したがってパナマ法人が行うパナマ国外の取引はパナマ法人税が課されないことからタックスヘイブンと言われる所以と推測されます。
パナマに類似する軽課税国はイギリスの旧植民地国に代表される国々にみられ、ケイマン諸島などが有名ですが、このような軽課税国の法人を使用することが直ちに租税回避に繋がるわけではありません。軽課税国の法人を保有していても、これらの法人に発生する所得に課税する制度は存在しており、日系企業に関して言えば、制度に基づいて適切な税務申告を行っている企業が大半であると考えられます。以下、軽課税国にある法人に対する日本の税制について主要なものを解説します。タックス・ヘイブン対策税制(日本国)
タックス・ヘイブン対策税制とは日本国の居住者及び内国法人並びに特殊関係非居住者が、発行済株式の総数又は出資総額の50%超を直接又は間接に所有する外国法人(以下「外国関係会社」)のうち、法人の所得に対して課される税が存在しない国又は地域に本店又は主たる事務所があるもの並びに法人の各事業年度の所得に対して課される租税の額が所得の金額の20%未満であるもの(以下「特定外国子会社等」)が発行する株式又は出資の10%以上を所有している日本国の内 国法人がある場合において、その特定外国子会社等が適用対象金額を有するときは、その適用対象金額のうち、その内国法人の有するその特定外国子会社等の株式等請求権に対応する部分(以下「課税対象金額」)をその内国法人の収益の額とみなして、その内国法人の所得の金額の計算上益金に算入することで、内国法人の所得に特定外国子会社等の所得を合算する仕組みです(措置法第66条の6、第66条の7、第66条の8、第66条の9)。これをパナマ法人に当てはめると、日本の企業がパナマ法人を子会社として保有しており、かつ、パナマ法人に発生する所得にパナマ国内での課税が課せられない場合、パナマ法人で発生する所得は親会社である日本の企業の所得に合算して申告することになります(ただし一定の条件を満たすことを条件として適用が除外される場合あり)。
このタックス・ヘイブン対策税制は昭和53年(1978年)に創設された制度であり歴史が古く、多くの日本企業は当該税制に基づいて適正な申告を行っていると推測されます(なお、当該税制は所得税法にも同様の規定があり、個人にも適用され ます)。実質所得者課税(日本国法人税法11条、所得税法12条)
タックス・ヘイブン対策税制は日本の居住者・内国法人が外国子会社等との間で資本関係を有することが要件となっています。このため、外国に居住する個人が形式的な名義上の株主(いわゆるノミニー株主)になっている場合への適用可否が問題となります。しかし、法人税法11条及び所得税法12条において、資産・事業から生ずる収益が法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合に、その収益がこれを享受する者に帰属するものとして、法人税法・所得税法を適用する旨の、いわゆる実質所得者課税の原則が規定されています。同規定の意義については、課税物件の法律上(私法上)の帰属について形式と実質が相違している場合に、実質に即して帰属を判定す べきことを定めた規定であるとの考え方(いわゆる法律的帰属説、金子宏『租税法(第18版)』(弘文堂、2013年)165頁。)が、実務上は一般的と考えられます。
このため、仮にパナマ法人の株主がノミニー株主であり、実質的にパナマ法人の株主としての利益を享受する日本の居住者・内国法人が存在する場合、実質所得者課税の原則よりパナマ法人に発生している所得が当該日本の居住者・内国法 人の所得として計算されます。シンガポールにおける課税理論
軽課税国に存在する法人に対する課税理論はシンガポール所得税法にも存在します。その一つがTax residency of company(法人の居住性)です。シンガポール所得税法の第2条(1)に「resident in Singapore」の定義があり、法人の場合は「control and management」が行われている場所がシンガポールである場合、当該法人はシンガポール居住法人として、法人の設立地の如何に関わらずシンガポール所得税法が適用されます。これをパナマ法人に当てはめると、パナマ法人のcontrol and managementがシンガポールにある場合は、パナマ法人に発生する所得はシンガポールで課税されます。一方で仮にシンガポール法人であってもcontrol and managementがシンガポールの外で行われている場合、シンガポール法人に発生する所得(ただしシンガポール国外源泉所得に限る)は課税されないことになります。
control and managementの場所に関してシンガポール所得税法上には明文化された定義は存在せず、その判定は取締役会の開催地の他、複数の要素により総合判定されます。金融口座に関する自動的情報交換(Automatic Exchange of Information for Financial Accounts)
各国において軽課税国への課税制度ないしは課税理論は存在しますが、国際的な課税執行面の取り組み強化の観点から、OECDにおいて様々な検討がなされています。その一つとして金融口座に関する自動的情報交換が挙げられます。金融口座に関する自動的情報交換とは、外国の金融機関の口座を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、OECDが策定した「共通報告基準」に従い、金融機関が非居住者に係る金融口座情報を税務当局に報告し、これを各国の税務当局間で互いに提供し合う仕組みをいいます。OECDにおいて、税務当局間で非居住者の金融口座情報を自動的に交換するための国際基準の策定作業を進め、2014年2月に共通報告基準が公表されており、この共通報告基準は2014年9月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議及び同年11月のG20首脳会議により承認されました。
これよって2017年又は2018年末までに共通報告基準に沿った自動的情報交換を開始することが約束されており、日本を含む90ヵ国を超える国・地域が、2018年末までに自動的情報交換を開始することを表明しています。
仮にパナマ法人が日本において金融口座を有している場合、その金融口座の最終受益者(Ultimate Beneficial Owner)が日本国外の国である場合、2018年以降は日本の課税当局を通じて最終受益者が所在する国の課税当局に日本の金融口座情報が提供されることになります。
おわりに
OECDにおけるBEPS行動計画に見られるよう、国際的な課税に対する透明性と公平性を担保する仕組み作りが行われていますが、今回のパナマ・ペーパーはその規模と内容、話題性から大きな波紋を呼んでおり、これらの動きが国際的に加
速することも想定されます。
こういった中、今後更に税務コンプラアンスの遵守が求められることが想定されますので、導入・運用される制度の動向に着目していくことが大切です。
長縄 順一
Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.日本国公認会計士・税理士
慶應義塾大学経済学部卒。1998 年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年より青山綜合会計事務所に入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年より青山綜合会計事務所シンガポールの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。
成田 武司
Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.日本国税理士
明治大学経営学部卒。2005 年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011 年より青山綜合会計事務所に入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013 年より青山綜合会計事務所シンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。