誤りやすい論点~税務上損金に落ちない経費とは~

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2015年11月

みずほ銀行発行のMizuho Asia Gateway Review 2015年11月号にAoyama Sogo Accounting Office Singapore代表・長縄順一、成田武司の寄稿記事が掲載されました。

「誤りやすい論点~税務上損金に落ちない経費とは~」

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore
長縄順一 日本国公認会計士・税理士
成田武司 日本国税理士


はじめに

Mizuho Asia Gateway Review 5月号

シンガポールの法人税の表面税率は17%となっており、アジア太平洋諸国の中でも低い税率の国の一つであるため、シンガポールに進出した企業にとって、税金は大きな関心事項と言えます。しかし、シンガポールにおけるキャピタルゲイン非課税や部分免税制度などの税制上のメリットが取り上げられることが多いですが、デメリット面が触れられることは多くありません。そこで、本稿では日本とシンガポールの税制上の差異のうち、誤りやすい税務上損金に落ちない経費について解説します。

日本とシンガポールでは、会社の経費について、税務上損金とされるものの範囲が異なっています。日本では税務上損金算入できる費用であっても、シンガポールではそれが認められないケースが散見されます。日本と同様に考えた場合には、誤った処理をしてしまう可能性のある費用のうち、代表的なものを例示しながら留意点を確認します。


損金算入される費用の概要

シンガポールの税法上損金算入されるか否かは、基本的に、収益関連性及び所得の属性によって判断されます。
  • 収益関連性
    税法上、損金算入可能な費用は完全に、かつ、もっぱら所得を稼得するために支出した費用と規定されています。所得に貢献するための目的で支出される費用は税務上損金算入されるということを示しており、私的な目的の費用は除外されています。
  • 所得の属性
    シンガポールでは資本取引又は損益取引のいずれかによって課税が異なりますが、資本取引に該当すればキャピタルゲインは益金不算入、一方で反対にキャピタルロスは損金不算入となります。
上述の考え方を基本としつつ、税法上で特別な規定を置いていることも少なくありません。以下に日本と差異がある主たる費用項目を確認しましょう。

車両関連費

日本では、会社が社用車を所有した場合、その車両に関する費用を会社の経費として計上することが可能です。
一方、シンガポールでは1998年4月1日以降に登録された乗用車に関する車両費は、個人登録、法人登録に関わらず全額損金不算入となります。また、ガソリン代、修理費用、レンタカー費用などの車両に関する費用も損金不算入となります。したがって、社用車(一部を除く。)として使われる乗用車については、それらを事業の用に供するために使ったとしても税務上損金に算入することはできません。また、乗用車の売却時に売却損が生じたとしてもキャピタルロスとされ、税務上損金とはなりません(ただし、バンや貨物自動車、バスなどの商品物流や商業用の車両費は損金算入項目となり、また、営業交通費として使われるタクシー代金は税務上の損金として認められています)。 したがって、税務面からは乗用車を法人所有とするメリットは少ないといえます。


減価償却費

日本では、固定資産については税務上の償却方法及び法定耐用年数を用いて計算された減価償却費を会計上損金経理した場合に、当該減価償却費を損金算入することが可能です。
一方、シンガポールでは会計上の減価償却費を税務上損金計上することを認めておらず、投資奨励の政策的配慮から資本的支出の一部項目についてのみ、キャピタルアローワンスとして税務上の減価償却を認めています。
税務上の減価償却を行うことができる資産は、産業用建物・構築物、器具備品・機械装置、無形固定資産とされています。したがって、日本との取扱と異なる誤りやすい論点として、マンションなどの賃貸用建物が挙げられます。マンションなどの賃貸用建物にかかる減価償却は認められていないので留意が必要です。


医療費

日本では、従業員の健康診断費用等を福利厚生費として会社が負担した場合には、それらの費用は税務上損金算入することが一般的です。一方、シンガポールでは従業員の歯科治療を含む医療費や医療保険を会社が負担した場合には、税務上損金となる金額が制限されています。原則として、役員及び従業員の給与等の総額の1%相当額までの医療費は税務上損金となり、その金額を越える部分は損金算入することができません。なお、一定の要件を満たす場合には給与等の総額の2%相当額まで損金算入が認められています。


開業費

日本では、会社設立後(設立登記手続終了後)から営業を開始するまでの期間に特別に支出した費用については、税務上の開業費として損金計上することができます。
一方、シンガポールでは事業の開始日までに発生した費用(給与などの通常の経費含む)は資本的支出として原則として損金不算入となります。ただし、事業の開始日の確定は難しい判断を伴うことがありますので、政策的配慮から最初の売上を計上した事業年度の前事業年度に生じた費用は、売上を計上した事業年度の税務計算において損金算入することができます。ただし、費用の中でも会社設立費用やフィージビリティースタディにかかる専門家報酬など、個別に資本的支出として取り扱われる費用は損金算入することができません。


印紙税

日本では、印紙税を支払った場合、税務上損金算入することができます。
一方、シンガポールでは株式取得時の印紙税、賃貸借契約の初回の契約時の印紙税等は原則として資本的支出として損金不算入とされます。


支払利子

日本では、過小資本税制・過大利子支払税制に基づく支払利子の損金不算入等を除いて、原則として支払利子の損金算入を認めています。

一方、シンガポールでは所得獲得のために直接要した支払利子か否かによってその取扱が変わります。長期保有の遊休不動産取得のための借入にかかる支払利子や、収益を生んでいない株式投資のための借入にかかる支払利子は税務上損金算入することはできません。
ある特定の資産を取得するために借入を行えば、その支払利子が直接所得獲得に貢献したかを個別判断することができます。しかし、実務上は支払利子とその用途を個別に識別できないケースがあり、その場合には下記の計算式で損金不算入となる支払利息を算出することになります。

支払利息×(期末の所得を生み出さない資産/期末の総資産)


おわりに

以上のように、日本と同じような経費であっても、シンガポールにおける課税上の取扱が異なる項目が少なからず存在します。このため日本における税務上の取扱をそのまま適用できるのか否か、日本とシンガポールとの差異がどのようなものであるか、必要に応じて専門家のアドバイスを受けながら、税 務上の取扱を整理することが望まれます。




長縄 順一

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国公認会計士・税理士

慶應義塾大学経済学部卒。1998 年監査会社トーマツに入所し、監査業務、株式公開支援業務に従事した後、2001 年よりASAグループに入所。数多くのファンド組成・管理、クロスボーダー取引へのアドバイザリー業務に携わる。その後、同社にて海事グループ及びグローバル・アドバイザリーグループを統括し、2012 年よりAoyama Sogo Accounting Office Singaporeの代表としてシンガポールにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。

成田 武司

Aoyama Sogo Accounting Office Singapore Pte. Ltd.
日本国税理士

明治大学経営学部卒。2005 年より会計事務所にて、幅広い業種の事業会社の会計税務業務に従事した後、2011 年よりASAグループに入所。金融債権・不動産などのストラクチャードファイナンス業務に携わる。その後、2013 年よりAoyama Sogo Accounting Office Singaporeにて日系企業の海外進出支援業務及び海外ファンド管理業務を担当。


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