青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一の寄稿記事が掲載されました。

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総合物流情報誌『KAIUN』1月号に、青山綜合会計事務所シンガポール代表・長縄順一の寄稿記事が掲載されました。


1.昨今におけるシンガポールへの日系企業の進出動向

総合物流情報誌『KAIUN』1月号

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 日本商工会議所のホームページの発表によると、2012年ではシンガポールには日系企業数が2000社、在留邦人数は25000人とのことである。昨今の中国との政治的緊張を背景としたリスク分散の観点から、シンガポールおよび周辺東南アジア諸国に事業展開を進める日系企業が多くなり、筆者も日系企業の東南アジア諸国への力の入れ方を肌身に感じている。
 海運業界では、大手オペレーターを始めとして、船主、船舶管理会社、船舶機器メーカー、船舶ブローカーと言った海事クラスター企業がシンガポールに進出している。Maritime Port and Authority(MPA)によると、デンマーク、ノルウェーに並んで日本から多くの海事クラスター企業が進出しているとのことで、シンガポールと日本は海運業界においても重要なパートナーと言える。
 2012年は長引く円高と海運不況の影響を受け、多くの海事クラスター企業が苦しい時期を過ごしているが、逆に今が好機と捉えて複数の海事クラスター企業がシンガポールに進出するというニュースが継続的に見られた年でもあった。2013年は日本で新政権が誕生することにより継続する円高が多少なりと是正されることも期待されるが、海運市況は今後もしばらくは厳しい状況が続くことが想定されるため、私見であるが2012年に見たシンガポール進出のトレンドは継続していくものと思われる。


2.海運関連優遇税制

 1969年にシンガポール船籍の船舶についてシンガポールでの課税を免除する規定が設けられて以来、シンガポールにおける海運企業に対する優遇税制は改良を重ねてきた。特に有名なものは、1991年に制定されたApproved International Shipping Enterpriseであるが、2011年6月において、海運企業関連の優遇税制はシンガポール船籍に対する優遇税制以外のものがMaritime Sector Incentive scheme(MSI)に整理・統合されている(表1参照)。以下では主要な優遇税制について解説していく。

(ア)Singapore Registry Ship

 Singapre Registry Ship(SRS)とはシンガポール船籍に対する優遇税制であり、シンガポール船籍の船舶から生じる収入が免税となっている。この収入には裸用船、定期用船契約に基づく用船料の他、売却収入も含まれるため、この結果キャピタルゲインも免税となる。なお、収入が免税であるため、これに対する費用は損金算入することはできない。従って会社が何らか他のビジネスを行って他の収入が発生したとしても、税務上の所得の計算上はシンガポール船籍の船舶にかかる減価償却費等を他の収入と相殺させることはできないので留意されたい。

(イ)MSI-Approved International Shipping Enterprise(MSI-AIS)Award

 MSI-AISはSRSが船舶ごとに免税となるのに対して会社そのものに適用される優遇税制であり、主としてオペレーターが適用するケースが多い優遇税制スキームである。これは、MSI-AISではシンガポール船籍以外の外国船籍から生じる収入についても免税とされるため、自社船以外にマーケットから船舶をチャーターインする必要性のあるオペレーターにとってメリットが大きいからである。

 MSI-AISスキームの税制メリットとその要件は表1の通りとなる。MSI-AISスキームを申請する場合は、MPAに対して5カ年の事業計画を提出する必要があるが、この中でポイントになるケースが多いのは、シンガポール島内での事業上の支出である。現在MPAでは当該支出額については公開をしていないため本誌において詳細な数字は開示できないが、シンガポール島内で年間に相応の金額の事業上の支出をすることが求められている。この事業上の支出については比較的様々な支出を含めることが認められているが、運航船舶の航路やシンガポール島内でのファイナンスの可能性等を加味した上で、バンカリングや修繕、ドライドッキング、借入利息等の金額が大きいコストをシンガポール島内で支出可能かどうかを検証する必要がある。なお、事業計画の策定はMPAに相談をしながら進めることが多いが、MPAの海事クラスター企業へのサポート体制と姿勢は非常に充実している。海運業がシンガポールにとって重要であるとの印象を受けることができ、海事クラスター企業にとっては心強い限りである。

 なお、MSI-AISスキームは、事業計画の承認を受けて初めて有効になるが、提出から認可までおおよそ2ヵ月程度要するため、スケジューリングには留意されたい。

(ウ)MSI-Shipping related Support Services(MSI-SSS)Award

 MSI-SSSとは、船舶管理会社、船舶代理店、フリートフォワーダー、船舶ブローカー等の海運関連、ロジスティック関連企業が申請することができる優遇税制スキームである。MSI-AISと同様に、MPAに事業計画を提出し認可を受けることによって、5年間にわたり税率が通常の17%から10%まで低減される(更新可能)。

 なお、MSI-SSSでは、優遇税制適用の認可を受けた会社の所得全額に対して優遇税率10%が適用されるのではなく、過去の実績と事業計画策定の中で設定される基準所得金額を超えた所得に対して優遇税率が適用されるため、単純に実効税率が10%となるわけではない。とは言え、基準所得金額次第ではあるものの、一般事業会社に適用される他の優遇税制(一定金額までの所得控除など)を併用すれば、相応に実効税率を下げることが可能になる。

(エ)Withholding tax exemption on interest payable on loans obtained from foreign lenders to finance the purchase or construction of ships

 シンガポール会社が海外から借入を行う場合、原則として会社が支払う利息に対して源泉税が徴収される。日本から借入を行う場合には、日星租税条約に基づき10%の源泉税が徴収される。

 船舶を保有するオペレーターおよび船主が金融機関と締結する金銭消費貸借契約書においては、利息支払時に源泉徴収される場合に金融機関の手取額が源泉徴収前の金額となるように貸出利率または金利を修正する、いわゆるグロスアップ条項が設定されているものが散見される。したがって、利息に源泉税が課される場合、借入の調達コストが高くなる可能性もあるため、特に日本の銀行やリース会社等と結びつきが強い日本のオペレーターおよび船主にとって利息に対する源泉徴収は大きな影響を与えよう。

 前記のような背景からシンガポール会社が船舶保有を目的として借入を行う場合には、源泉徴収を免除する制度が従来から存在していたが、MSIスキームへの整理・統合に伴い、一定の要件を満たす借入については、MPA所定の届出書を提出することによって自動的に源泉徴収が免除されることとなった。

 対象となる借入れは、新造船や中古船取得にかかる新規借入以外にも、債務引継(Novation)、リファイナンス、ブリッジローン、親会社からの借入等も含まれ、比較的広範囲となっている。

 源泉徴収の免除を受けるためには幾つかの要件を満たす必要があるが、主な要件としては対象船舶がシンガポール船籍であるか、船舶を保有する会社がMSI-AISスキームの認可を受けていることが必要である。この結果、MSI-AISスキームの認可を受けないオペレーターおよび船主にとっては船籍選択に制限がつくことになる点は留意が必要である。

 その他様々な要件が設定されているため実務上留意すべき点が多く、建造中のブリッジローンやグループ会社から移転した船舶に関する借入について要件を満たさずに源泉徴収を余儀なくされた事例も見受けれれるため、実際の申請においては専門家に相談することを推奨する。

 以上がMSIスキームの概要だが、シンガポールには他にも海事クラスター企業向けのサポートがあり、その中の一つであるMaritime Cluster Fund(MCF)についてここで紹介する。

 MCFとは、シンガポールにおける海事クラスター企業に対し、人材育成や事業展開支援を主たる目的として導入された制度である。MCFの一つにはEnhanced MCF Supportという人材育成に対する補助金制度があり、一定の認可を受けた外部およびインハウストレーニングプログラムへの参加費、学生のインターンシップや本社への人材教育目的の派遣等に関して補助金を受けることが可能である。なお、2012年10月より、その支援額は支出額に対して最大70%まで引き上げられており、人員育成を計画する会社にとっては大きなサポートとなる。

 また、主として新規に事業開始した海事クラスター企業に対し、特定の経費について一定金額まで補助金が出るMCF-Business Developmentという制度がある。全ての企業に対して適用があるわけではないものの、認可されればスタートアップの海事クラスター企業にとっては心強いサポートになろう。

(表1)
Singapore Registry of Ships (SRS)  要件 保有船舶をシンガポール船籍とすること
期間 制限無し
免税所得 運賃、傭船料、バランシングチャージ等
MSI-Approved International Shipping Enterprise Award(MSI-AIS)  要件 シンガポール法人であること
重要な外国船籍のオーナーまたはオペレーターであること
国際的な海運会社で十分な実績があり、明確な事業計画でシンガポールでの業務を拡大することを約する会社
期間 10年間
免税所得 外国船籍の運送料、傭船料、船舶保有SPCからの配当等
MSI-Maritime Leasing Award (MSI-ML)  要件 十分な実績があり、明確な事業計画でシンガポールでの業務を拡大することを約する会社
期間 5年間
免税所得 船舶ないしはコンテナ等のファイナンスリース料等
MSI-Shipping related Support Services Award (MSI-SSS)  要件 船舶管理会社、船舶ブローカー、フォワーダー、ロジスティックサービス等
十分な実績があり、明確な事業計画でシンガポールでの業務を拡大することを約する会社
期間 5年間(2011年6月1日より)
免税所得 特定の利益に対して標準税率17%から10%へ減税
Withholding tax exemption on interest payable on loans obtained from foreign lenders to finance the purchase or construction of ships  要件(抜粋) MSI-SRS、MSI-AIS、MSI-MLのいずれかであること
船舶取得(ないしはリファイナンス)のためのファイナンスであること(Loan Agreementに資金使途が必要)

S$5milion以上のファイナンスであること

シンガポール島内でファイナンスを受けない合理的な理由があること
期間 2016年5月31日までに締結されたLoan Agreementに適用
免税所得 利息に対する源泉徴収が免除
(青山綜合会計事務所シンガポール作成)

3.昨今のシンガポールに関する規制の変更について -ビザの問題

 日本人がシンガポールに居住して働くためには、シンガポール政府のMinistry of Manpower(MOM)から就業許可証を発行してもらう必要がある。シンガポールにおいては複数種類のビザがあるため、詳細はMOMホームページ(http://www.mom.gov.sg/foreign-manpower/passes-visas/pages/default.aspx)を参照されたいが、主に日本人に関係するビザとしては、Employment Pass(EP)およびS Passの二つがある。昨今ではEPおよびS Passの発行が厳しくなっているという問題があり、海運業界のみならず全ての日本企業が影響を受けている。

 EPおよびS Passの概略ならびに昨今の変更点については表2にあるとおりである。変更点のうち影響が大きい点としては、EPの最低月額固定給与の増額とS Pass保有者の雇用枠割当の減少があげられる。

 EPは外国人の上級職向けビザであり日本人の多くが取得しているビザである。EPの取得においては、原則として、MOMが認定している大学を卒業していることおよび最低月額固定給与を満たしている必要がある。2012年8月よりこの最低月額固定給与の基準が上がっており、EPではQ1でも最低3000シンガポールドルが要求されている。ただし、最近のEP申請の実務においては3000シンガポールドル台ではEP発行がされないケースも出ている模様であり、特に若手人材のシンガポール駐在または現地採用を希望する企業にとってはコスト負担が生じている。また、シンガポールでは1シンガポールドルで会社の設立が可能であるが、ビザ発行のためには雇用主となる会社の資本金は概ね50000から100000シンガポールドル程度必要とされているため、会社の資本金額にも留意が必要となる。

 S Passは外国人の中級職向けビザであるが、こちらも一定以上の学歴および最低月額固定給与2000シンガポールドルが必要となる。S Pass取得の上での課題はS Pass向け雇用割当枠を満たすことであり、現在はシンガポール人または永住権保有者の従業員5人に対して1人のS Pass保有者の採用が可能となっている。シンガポール島内での人件費は年々上昇しているため、例えばフィリピンやインドネシア等の比較的人件費の安い国の出身の従業員の雇用を希望する企業にとっては高いハードルになっている。

 シンガポールの失業率はリーマンショック後の3%から2012年は2.13%(推定値)まで下がっており、絶対値としても非常に低い値であるものの、外国人労働者による雇用圧迫に対するシンガポール人の不満は根強い模様であり、シンガポール政府による外国人労働者に対するビザ発行の規制強化は当面の間続くとの意見が主流となっている。企業オーナー、役員およびマネージャークラスのビザにはまだ大きな影響は及んでいないが、いずれシンガポールに移住することを考えているのであれば、ビザ規制の変更リスクを回避するために実行の前倒しを検討してはいかがであろうか。

(表2)
種類 改正後要件 改正前
Employment Pass P1 一定の大学卒業および月額固定給与8,000シンガポールドル以上 変更無し
Employment Pass P2 一定の大学卒業および月額固定給与4,500シンガポールドル以上 一定の大学卒業および月額固定給与4,000シンガポールドル以上
Employment Pass Q1 一定の大学卒業および月額固定給与3,000シンガポールドル以上 一定の大学卒業および月額固定給与2,800シンガポールドル以上
S Pass 高等専門学校に相応する学歴、資格保有者、職務経験者、勤務経験者および月額固定給与2,000シンガポールドル以上 変更無し。ただし採用枠の減少あり。
(出典:MOMホームページ)

4.まとめ

 シンガポールは税制面では非常に優れており、特にキャピタルゲインの金額が大きくなるオペレーターや船主にとっては非常に魅力的な国である。一方で、高額な住宅、オフィスの家賃、上昇傾向にある人件費などビジネスコストは決して安くはない。したがって、優秀な税制を最大限に活用するためには、いかに利益を生む事業をシンガポールで行うかが重要になってくる。現在、円高や厳しいマーケットの影響で多くの海事クラスター企業は厳しい経営を強いられているため、利益を生み出すこと自体が難しい環境ではあるものの、冒頭記載のとおり、これを好機と捉えて進出している海事クラスター企業もあり、特にオペレーターや船主にとっては船価の低い現在は進出タイミングに適しているとも言える。また、最近ではシップファイナンスを行っている地銀、リース会社の駐在員事務所、現地法人の立ち上げも見られ、欧州系金融機関からのファイナンスが厳しい状況を考えると日系金融機関のサポート体制の向上は心強い。

 最近は、シンガポールは他の周辺諸国に比べれば非常に外国人の受け入れが進んでいるが、多くの外国人流入に対するビザの規制強化など、以前と比較すると外国人に対する門戸がやや狭くなっている感がある。このため、将来的にシンガポール進出を目指す企業は是非時宜を得たシンガポール進出により税制面のメリットを最大限に活用して欲しいと願っており、弊事務所はそのために最大限のサポートを行っていく所存である。海事クラスター企業の発展と海運業界に関する全ての人の幸せと健康を祈って最後に結びの言葉としたい。(了)